最高裁判所第二小法廷 昭和62年(あ)138号 決定 1987年4月21日
本店所在地
名古屋市守山区大字瀬古字柴荷四二番地
キリン乳業株式会社
右代表者代表取者締役 石井照治
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六一年一二月二六日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人桜川玄陽の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 林藤之輔)
○上告趣意書
被告人 キリン乳業株式会社
右の者に対する御庁昭和六二年(あ)第一三八号法人税法違反被告事件につき、左記の通り上告の趣意を陳述します。
昭和六二年三月一二日
右弁護人 弁護士 桜川玄陽
最高裁判所第二小法廷 御中
記
第一点、原判決及び第一審判決には、左記の如き法令の違反があり、その結果として刑の量定が甚しく不当となったものであって、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものと認むべきである。
従って、刑事訴訟法第四一一条に基づき原判決を破棄すべきであるが、右の詳細は左の通りである。
一、一審判決は被告人キリン乳業株式会社(以下被告会社という)に対し五〇〇〇万円の罰金刑を科したが、原判決はこれを相当であるとし、被告会社からの量刑不当を理由とする控訴を棄却した。
二、然しながら、被告会社が控訴趣意書及びその補充書で主張した通り、被告会社の経営及び法人税確定申告を実際に担当していたのは専務取締役石井睦教及び経理担当課長河合潔であるところ、同人らには、昭和五九年度の法人税確定申告(本件確定申告)に当り、法人税をほ脱しようとの意図がなかったばかりでなく、その確定申告では法人税をほ脱する結果となるとの認識も全くなかった。
この事実は、同人らを始め、被告人石井照治、参考人石井睦雄の各質問てん末書、供述調書その他提出された全証拠から明白に認められることであり、これに反する証拠は全くない。
更に右各証拠からして、被告会社が昭和五九年度以前において、法人税ほ脱の意図の下に過少申告をした事実がないことも明らかである。
三、ところで、法人税法第一六四条一項は、法人の代表者その他の違反行為者を罰すべきときは、法人に対しても罰金刑を科すべき旨定めているが、同条項の立法目的は、法人にも罰金刑を科すことにより法人の代表者その他の者が違反行為をしないよう抑止することにあることは明らかである。
この立法目的からするならば、前述の如き諸事実が認められる本件の場合、刑罰を科する必要のある者は、一審判決認定の如き不正の行為により法人税を免れようとする意図を有していた被告会社の代表者石井照治のみであって、被告会社をも処罰する必要性は刑事政策上はないというべきである。
四、このように、被告会社をも処罰する必要性は刑事政策上ないと認められるような事情があるときは、たとえ法人税ほ脱額が五〇〇万円をこえている場合であっても、被告会社に対し法人税法第一五九条一項所定の罰金限度額五〇〇万円をこえる罰金を科すべき情状(同条二項所定の情状)があるとはいえない。
即ち、本件における正規の法人税額は約二億四六〇一万円であるのに、被告会社がなした本件確定申告における法人税額は約六六六一万円であって、そのほ脱税額は約一億七九三九万円となり、ほ脱率は正規の法人税額の約七二%の高率となるため、原判決及び第一審判決はこの点を重視したものと思われるが、被告会社を処罰する必要性はないと認むべき前記諸事情を考慮せず、ほ脱率が高いという事実のみを理由に、被告会社についても法人税法第一五九条二項所定の情状があるものと解すことは、同法第一六四条一項の前記立法目的に照して極めて不公正であり著しく失当である。
五、それ故、原判決及び一審判決が被告会社に対し、同法第一五九条一項を適用せず、同条二項を適用して罰金五〇〇〇万円を科したのは、同条二項の解釈適用を誤ったものであり、その結果被告会社に対して甚しく不当な刑の量定をなすに至ったものというべく、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認むべきである。
第二点、仮に、原判決及び一審判決には、法人税法第一五九条二項の解釈適用の誤りがないとしても、前述の如く、被告会社をも処罰する必要性はないと認むべき事情があることに加え、被告会社が修正申告により正規の法人税を完納し、且つ一切の追徴金を完納した事実を併せ考慮するならば、法人税法第一五九条一項所定の罰金限度額五〇〇万円の一〇倍にも当る一審判決及び原判決の量刑は、甚しく不当であり、同判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと考える。
以上